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小笠原・硫黄3島クルーズ遠征 3日目 Part.1
遅くなりましたが…小笠原遠征3日目の報告です。

[5:30] 早朝、目覚めて…身支度を整えると、デッキに出て「海鳥ウォッチング」の開始です。
早速、カツオドリオナガミズナギドリと言ったライファーをGET♪

[6:00] 最初の目的地、南硫黄島(沖)に到着です。
神秘的な姿で我々を迎えてくれました^^

10月24日 001
南硫黄島

手元のパンフレットによると…
南硫黄島は、周囲 約7.5km 標高 916mの火山島で、国の天然記念物(天然保護地域)に指定されています。これまで人が定住した記録がなく、手付かずの自然が残された世界でも大変貴重な島なんだそうです。
おがさわら丸は、南硫黄島の1.5kmほど沖を反時計周りに2周回り、次の目的地の硫黄島へ向かいます。

[9:00] 次の目的地の硫黄島(沖)に到着です。
南硫黄島とは全く趣きが異なり、起伏のない…平地が広がった島という印象でした。

10月24日 002
硫黄島

硫黄島は、周囲 約22.0km 標高 169m
明治22年ごろから硫黄採掘のために入植、同24年に日本領土となります。
サトウキビや薬用植物の栽培が営まれていましたが、太平洋戦争の強制疎開で1061人が本土へ引きあげ、103人が軍属として残留します。昭和20年2月には、一大激戦地になり、日米合わせて約27000人の戦死者を出しました。

10月24日 003

打ち上げられた船は、米軍が港湾整備のために設置ちたコンクリート船らしいです。
返還後は、自衛隊の基地になっており、一般人の帰島は未だ許されていません。
おがさわら丸は、硫黄島沖を時計回りに1周、離れ際に1分間汽笛を鳴らし戦死者に対しての黙祷を捧げ、2度と悲劇が繰り返されないことを祈りつつ次の目的地の北硫黄島を目指したのでした。

[12:00] 硫黄三島の3つ目、北硫黄島(沖)に到着

10月24日 004
北硫黄島

北硫黄島は、周囲 約8.8km 標高 792m
明治時代に開拓がはじまり、大正6年には人口220人が暮らしていたんだそうです。
太平洋戦争の強制疎開で島民の90人全員が本土に引き上げ、終戦後以降は硫黄島同様に帰島は許されておらず、現在は無人島になっています。平成3年の調査ではマリアナ系先住民の遺跡が発見されたのだそうです。しかし…島をぐるっと周回してみて、「本当に人が住んでいたの?」って思えるぐらい険阻な土地でした。
北硫黄島は、反時計周りに2周回って…おがさわら丸は父島への帰路についたのでした。

[17:00] 母島沖で日没を迎えました。

10月24日 005


[19:00] 父島到着〜!

おがさわら丸は、父島停泊中にホテルシップとして利用することができるので、今回はそれを利用しました。

10月24日 006

部屋は1等船室を使用します。4人部屋だったんですが、この部屋は私一人だけでした(^_^;




以降の画像は、クリックで大きくなります。

硫黄島
10月24日 007
D200 : AF DX Fisheye ED 10.5mm F2.8 G (広角変換)

デッキ
10月24日 009
D200 : AF DX Fisheye ED 10.5mm F2.8 G

北硫黄島
10月24日 008
D200 : AF 35mm F2 D

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by awaji_birds | 2008-10-24 17:41 | 観察記録…島外
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